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WRC ラリージャパン2004 参戦記

メガネフラワーラリーチームのラリージャパン参戦記を、プレイドライブ誌2004年12月号特集記事「ラリージャパンの風景」より転載させていただきました。


台風16号を背負ってスタート前からハードラリー

人生をラリーに例えるラリーストは多いが、目本初のWRCに参加するため、ラリー前から思いっきり困難な状況に追い込まれたクルーがいた。日本を代表する往年のFF使い、大桃千明だ。中野貴子組と行動を共にしていた大桃組だが、ラリージャパンに出発する8月30目は、日本列島に大型の台風16号が上睦しつつあった……。

Dr. 大桃千明
Co-Dr. 露木明浩

79号車 MEGANE FLOWER RALLY TEAM
[車両] ホンダシビック (A6)
[成績] SS02リタイア/SS13リタイア

TEXT: PLAYDRIVE(編集部)

「30日の18時30分大洗発・苫小牧行きのフェリーに乗る予定だったんだけど台風で欠航になっちゃってね。それで青森方面に向かったんです」

本番車2台、サービスカー2台、レッキ車1台の計5台が一路青森へ向かった。途中で23時50分の大洗発が出航するという情報を得たが、台数が乗り切れず諦める。青森に着いたのは30日の夕方。青森発・函館行きの便は残り1便、25時の便は運行するがキャンセル待ちでも乗れず、その日は青森に1泊することになった。

翌31日は台風の余波で終日欠航。次の便の出航は夕方17時だった。 キャンセル待ちの結果便が取れて、ようやく本州を離れることができた。 函館に到着したのは31日の21時だった。

「31日に飛行機で入る組がいて、受け付けとかは彼らにお願いしました。で、1日の朝5時にレッキ開始じゃないですか。飛行機組の人たちに、帯広の先にある池田のインターチェンジに、レッキ資料や、先に着いていたレッキ車などを持ってきてもらって、そこで乗り換えて陸別に向かったんですよ」

陸別到着は午前3時。給油などの準 備をしているうちにレッキは始まった。

「フェリーで仮眠したぐらいで函館からは不眠だったんですよ。昔はさ、朝までサービスの準備してそのままハイランドマスターズとか本番に出るなんて平気でやってたけど、もうダメだよね(笑)。でもレッキの初日はね、けっこう長かった割には集中できたの。ぺースノートの角度とか全部作り変えたんですよ。こういうこと、割と集中しないとできないじゃないですか。レッキ2日目は時間に余裕があったんで、休むことはできたんですけどね」

本番前にとても長いラリーを味わうハメになった大桃組。本番では、何とSS2で電装系トラブルでリタイア。スーパーラリーで再走するも、レグ2のSS13で大転倒。負傷してヘリで病院へ搬送されてしまった。暫く入院していたものの9月初旬には埼玉へ戻り、お店の業務を再開している。

「来年は決着をつけなきゃ、とかみんなに言われるんだけど、自分は年1回の楽しみだからね。来年は、うんとやりたいっていう人がいれぱ自分のクルマを貸してもいいなって思ってる。若い人がやるとあの3日間でかなり速くなると思いますよ。化ける人はかなり化ける。そういうコースだったよね。自分? 今はクルマがなくなったから走れないけど、走ることが好きでこれまでやってきてるから、またそのうち走り出しますよ」

「自分が走りたいラリーを求めていたらWRCになっちゃった、って感じ。それがすべてだからなぁ、自分の場合は。競争する場があって、勝てるときもあれば負けるときもある。そうやってずっとやってきただけだから」

(以上プレイドライブ誌2004年12月号より)




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